寝たきりでしばらく過ごしていた老母ロバが、起き上がって日中は寝床から這い出して、厠に通ったりTV を食いつきそうな距離で眺めたりするようになった。薄い座布団をお尻に当てて、手足の使える部分で畳の上を漕いでどこへでも行く。寝てばかりいると体幹筋力が衰えるから、できるだけ坐っているのだそうだ。もちろん訪問ドクターとか訪問治療師とかに言われたらしい。こういう分野はクマの専門ではあるものの、何も意見せずに済ませている。膝関節は破壊状態だが、夏になったら再び歩いて長生きをするのだ、と公言してはばからない。相も変わらず明晰明朗である。
朝起きるなり布団の中で姪っ子ノラがK‐popのBTSを歌っている。クマが何か二言三言話しかけると、アタシは怒られるために朝起きたんじゃあないと叫ぶので、アタシだってお小水瓶捨てるために朝起きたんじゃあないわよ~と悔し紛れに叫び返す。するとロバが爆笑するので振り返ると、座り込み姿勢のままで上体を揺すっている。長生きするはずだ。。夜中はさすがに畳の上の座布団漕ぎが大変だから、広口ガラス瓶で器用に用を足し、毎朝クマが始末をするのだ。一回10円でノラにバイトさせたこともあったが、100円でもやらないっとなり致し方ない。
ノラに対するクマの手綱加減について、小動物学校のカウンセラーからお呼び出しの度に、いつも称賛を頂戴している。同級生のポチの家出の引率(ノラ曰く付き添い)を始め、社会的に見れば問題となる行動を数え上げれば枚挙がない。けれども、とにかく怒ってはいけない。野良育ちで、物心ついてからわが身は自分で守る習性がついているから、小言や意見の類でも全存在を否定された如しで猛反撃にあう。朝起きぬけにものを言うときも、クマの気分でつい余計な発言をすると、噛みついてくるところを、歌ったり踊ったりお茶らけて、ガチッと組み伏せないのが肝要である。さもないと、こんなところに住み着いて損をした、こんな古臭い昭和の家なんかもう嫌だ~!とくる。さすが野良育ちが知れるセリフである。ロバは卒寿、クマは還暦を超し、ノラはこの春小動物学校を卒業の歳だから、世代が隔絶しているのは確かである。昭和がいけないとは思えないので、決して譲らない。こちらからすれば、座敷童子が住み込んでいるようなものである。知らない子どもが家に上がり込んで好き放題、だからといって再び野良に戻すわけにもいくまい。せっかく預かった生命であるから、 慈しんで育てるしかないのである。家内で出くわしたら、お利口だねえとか可愛いねえと連発していると、まんざらでもない顔をしている。ノラとしても居心地がよいのか、よその子どもの手助けはしても自ら家出を企ててはいない。
ところで、ノラロバの二者はよくケンカをしている。傍で見れば隔絶世代姉妹のようである。寄ると触ると、どちらがちょっかい出すのか、目が覚めてから閉じるまで、あーだこーだと騒がしい。クマにはちょうどよいので、放っておいて自分の時間を愉しむのである。そして今日も、昭和住み込みと三食座り込みの面倒を適当に見るのである。