クマのロマンは家出から始まる。煮詰まってくると、安全装置が働き、鍋から飛び出すようになっている。そのまま放置していると焦げついて後の始末が大変である。クマはこのところ、鍋の中で暮らしている。鍋にも色々あって、世間の種々雑多な鍋、家庭用鍋などの中で、揺さぶられて転がったり、暖かく居心地よい場合もあれば、いきなり冷水をかけられたりしている。味加減も、スパイスが利いていたり、絶妙で唸ったり、閉口辟易の場合もある。
鍋類のスケジュールが空いた日、キッチンテーブルにおかずを少々並べて、ロバに買い物へ出ると告げ、ノラに置手紙を書いた。
鍋から外に出ると、独りきりで寒風が耳元に心地よい。最近は、諸事情と経費の関係で、空を飛ばずに海を渡る。家庭用鍋から、ちょっと走れば船着場で、車ごと載せてくれる。行き先はボーソーで、名前からして魅力的なのである。上陸すると、家がまばらでスペースにゆとりがあり、息が深々とする。道行く車は当然飛ばしている。
コヅカの山に着いてテントを設営する。外で眠るのは夏に限り、雨風が凌げる地面の乾いた所なら、布切れにくるまって、蚊帳吊って天を仰いで寝ていた。ところが薄ら寒い陽気になり、初めてテントを購入し、ヨガマットと分厚い羽毛布団で挑戦する。長らくドイツの森で暮らし、暖かい衣類の着方は身についている。焚き火の仕度も整えて、秘境の露天風呂へ向かう。
身体から湯気がたち、山へ戻ると焚き火である。燃やすものはそこいらじゅうにいくらでもある。普段、住宅地にある家庭用鍋の庭のアースオーブンで、周囲を気遣いながら火遊びをしているが、山の上では昼夜を問わず燃やし放題ができる。このコヅカ山には仙人が住んでいて、宇宙と繋がる地球と生命の絵画を描いている。仙人のおカミさんはお多福さんで、かまどで焼いたパン屋を開けて、辺境にも拘らずお客が絶えない。持参のおにぎりとお多福パンで、十分生きていける。
二晩を山の上で過ごした。草を刈ってこんもり積んでその上にテントを乗せたら、地面からの底冷えもなく快適であった。夜中、気配を感じて目覚め外を見ると、仙人の家のワン太郎が尻尾を振っている。見廻りありがとうと礼を言って、また眠る。
夜が明けてテントから這い出ると、冷涼な空気に朝陽が射す。仙人が草刈りを始める。クマは草を集めては脇の谷へ落とし、枯れ枝を燃やし続ける。山はロマンである。
そろそろ家に戻って、鍋でも洗って磨こうかと思う🌈