ドラクマ ストーリー ~海辺のあばら屋編~

新春、海辺のあばら屋の女主人タツを訪ねると、例によって一時同居人というか居候が2名いた。それでは窮屈だからと宿泊をためらっていると、タツはいっこうに意に介さず、二枚の敷き布団を並べて、3名で横向きに寝れるのだと嬉々として説明する。一見すると華やかな事が大好きなタツの暮らしぶりは、昭和の貧乏長屋を思わせ、ノスタルジックでもある。

海が見渡せる上の一間はミケが占領している。朝になると、ミケが足音を忍ばせて降りてきて、破れ障子をガタピシ言わせ、3名の枕元を通って台所に入り、自分の朝ご飯を済ませる。ちょっとルックスのよいミケは、実はマザコンでタツに纏わりついて日がな一日お喋りをするらしい。クマが下の間にいるときは、降りてこない。他に馴染まない猫のごとし。

タツの仕事は多岐に渡っているが、訪ねたときは染めていた。ドレスをたくしあげて風呂場にしゃがんで作業をしている。風呂桶とバケツと洗面器の中から、世にも美しいシルクの染め物が産み出される。天女の羽衣製作所になり、縫い物をしているときもある。かと思えば、ドレスを引きずって、大鍋を抱えて撮影現場へご飯サービスにも行く。一見華やかで地道な作業という点でどれも共通している。

下の間で枕を並べているのはポチで、頭のてっぺんを剃り、もじゃもじゃの毛をひねり挙げて髷を作り、下腹に帯を巻いて尻を端折りパッチを穿いて、ほとんど江戸の駕籠かきとか旅烏の風体をしている。何様のつもりだろうか? タツの言いつけで物置小屋を拵えたり、あばら屋の修繕などをゆっくりやっている。一本歯の下駄に自転車のタイヤゴムを咬ませるあたりは感心するし、仕事の出来映えはなかなかのセンスである。

皆でご飯の時間になると、ポチは膳の上のお酒をまず開けて、タツに言いつけられれば手伝い
もするが、ミケは何もせず食べるわけでもなく、柱にもたれてポーズを決めて喋っている。タツはピンからキリまである食材の中から、お正月のご馳走を幾品か並べ、粉抜き宇宙芋のお好み焼きや絶品のたこ焼きなど用意した。クマは餅を焼くとか、たこ焼きをひっくり返すとか、相変わらず火遊びをする。誰かしら来客があるのが常で、この時はテンがいて、面倒見がやたらよくお酌などするので、皆好き勝手にやるから、とたしなめられていた。

あばら屋の眼前は海である。クマがここによく出没する訳だ。三が日は景気のいい日本晴れで海水浴日和だった。年越しはお寺の水行で明けたので、一つ試してみることにした。ドイツの森ではアルプスの雪解け水で泳いでいたのだ。太平洋の水はどうであろうか。果たして大変冷たくて入ったらすぐ出てくる始末を毎日やった。もう何も怖くない、という心持ちに簡単になってしまった。今年も脳天気で、クマがゆく☆